"Today"という詩

こんばんは、jose_koffeeです。みなさん、"Today"という詩をご存じでしょうか?育児中の方には特に、知ってほしい詩です。

きっかけは

私が"Today"の存在を知ったのは3年半前、第一子の娘が1歳過ぎたばかりの頃でした。前の会社で一緒だった先輩が、Facebookに載せていました。

私がブログを書き始めたきっかけは、第一子の娘に怒鳴ってしまったことです。それは第二子の息子が生まれ、どちらの希望も通すことはできなくなり、更には自分のやりたいことができないストレスも重なった結果でした。

つまり私がこの詩の存在を知ったのは、娘に怒鳴ってしまう事件より、1年以上も前の出来事でした。

大なり小なり

育児はストレスと隣り合わせなんだろうなと、最近よく思います。私が子どもに怒り始めた時期は、第二子出産後しばらく経ってからでした。

でも上記の通りその1年以上前でも、 "Today"という詩に出会い、慰められ、救われた気がして、大号泣した自分がいました。

「娘に対して怒鳴った」というのは、わかりやすく表出した出来事でしかなく、それまでも自分なり大変なことは、たくさんあったのだと思います。

"Today"の和訳と原文

ニュージーランド子育て支援施設に張り出されていたもので、作者不明のまま世界中に広まったものだそうです。(grapeeより)

『今日』 (伊藤比呂美訳)

今日、わたしはお皿を洗わなかった
ベッドはぐちゃぐちゃ
浸けといたおむつは
だんだんくさくなってきた
きのうこぼした食べかすが
床の上からわたしを見ている
窓ガラスはよごれすぎてアートみたい
雨が降るまでこのままだとおもう

人に見られたら
なんていわれるか
ひどいねえとか、だらしないとか
今日一日、何をしてたの?とか

わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた
わたしは、この子が泣きやむまで、ずっとだっこしていた
わたしは、この子とかくれんぼした
わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした、それはきゅうっと鳴った
わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった
わたしは、この子に、していいこととわるいことを、教えた

ほんとにいったい一日何をしていたのかな

たいしたことはしなかったね、たぶん、それはほんと
でもこう考えれば、いいんじゃない?

今日一日、わたしは
澄んだ目をした、髪のふわふわな、この子のために
すごく大切なことをしていたんだって

そしてもし、そっちのほうがほんとなら、
わたしはちゃーんとやったわけだ

(以下原文)
Today

Today I left some dishes dirty.
The bed got made about two-thirty.
The nappies soaked a little longer.
The odour got a little stronger.
The crumbs I spilt the day before
Were staring at me from the floor.
The art streaks on those window panes
Will still be there next time it rains.
For shame,oh lazy one you say
And “just what did you do today?”.

I nursed a baby while she slept.
I held a toddler while he wept.
I played a game of hide’n’seek.
I squeezed a toy so it would squeak,
I pushed a swing,I sang a song,
I taught a child what’s right and wrong.

What did I do this whole day though?
Not much that shows,I guess it’s true.
Unless you think that what I’ve done
Might be important to someone
With bright blue eyes-soft blond hair,
If that is true,I’ve done my share.

出典:grapee

並大抵でないことを、当たり前にやる大変さ

子どもを育てるのは当たり前のことであると同時に、人一人育て上げるのは並大抵のことではないと思うのです。(個人的な意見です。私が子育て下手なだけかもしれません。苦笑 でも自分の子達、甥姪はじめ、子どもは大好きです!)

親として、祖父母として、おじ・おばとして、教育者・保育者として、顔見知りとして。立場の数だけ、様々な視点からの「この子のためにも」という気持ちがあり、うまくいかない時の葛藤があると思います。

第二子出産後が大変過ぎて忘れていましたが、第一子の時にも、いくつか悩みはありました。

  • 抱っこ・おんぶで寝かせても、下ろすとギャン泣き
  • そのため日中は抱っこ紐をフル活用
  • 外に連れ出せるようになってからは、毎日児童館や買い物へ
  • でもその児童館で「今のお母さん達はベビーフードとかあげちゃうからね〜、どうなんだろう?」という話を聞き自己嫌悪(ベビーフードに頼ることもあったため)
  • コロナが蔓延して途中からは外出できず、復職も後倒しに

自分が頑張れば耐えられる範囲だったから、娘1人だけの時には当たってしまうこともなかったんだろう。またキツくなっても、夫や母に話すまでは耐えられた、話せば解消できたから、ドカンと表出することはなかったんだろう。そう考えています。

私より大変な方はたくさんいる

ということは、わかっているんです。でも、大変な時に「私の時はこんだけ大変だったんだから、これくらいどうってことない」と言われても、否定された気がしてとても苦しいんです。

上記であえていくつかの悩みをあげた理由は、「なんだ、こんなことくらいで悩んでる人もいるのか」と思ってもらうためです。笑 あなたは頑張っているよ、という私のメッセージが届くと幸いです(⁎ᵕᴗᵕ⁎)

子ども達にもいつか贈りたい

孫ができたら、子ども達にもこの詩を贈りたいと思いました。できるだけ子育ての不安・悩みに寄り添えるように。

f:id:jose_koffee:20230917222100j:image出典:GIFTGRAPHY